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俺がために筆を振る

現役おっさんくさい保守的な大学生の執筆する供給しかねえブログ不定期更新中

ライトノベルへの反発

 なんかもう童貞のまま死んでもいいんじゃないかと考えるようになってきている、遊び人さんだよ。いやね、やっぱり生活に余裕がなくなるとこういうのは書けなくなってくるね。今後も、長期休暇に入らなきゃこんな感じだと思うよ。


 小説家になろうというサイトにおいて、去年あたりから活動をしていなくもない私であるが、ランキングを見るたびに忌々しく思う。


異世界

ハーレム

勇者

とかとかとか


 別にランカーになろうなど考えていない。そもそも、長編を1つも上げていないからお話にもならないのだが。しかしまあよくもここまで逃避と甘えの作品ばかり上位に来るものだと思う。使い古されたネタである異世界への移動も、ここまで使い古されてなおも人気があるとなればもはや呆れさせられる。現実において平凡なものは、どこにいこうと平凡であるというのに。

 気持ちはわからなくもない。平凡で冴えない男がいて、彼が現実から離れたことによって大活躍する。出会う女を助けて、それらをことごとく落としていく。その男に自分を重ねて、「自分も・・・」などと思ってしまうのは理解する。しかし、実際にはそんなことはまずありえない。

 人間の想像の範疇を超えた世界や、あまりにも捻くれた世界のことは何とも言えないが、少なくとも小説に登場するような人間が想像しうる真っ当な世界において大成するものは、現実でもそれなりに活躍できると私は考える。なぜなら、その世界の多くの原則は現実のものと変わりないからだ。ファンタジーやら異世界やらも、表面の装飾が違うだけであり、内容物は我々が生きている世界と変わらない。ならば、現実で活躍できなかったものが、如何にして異世界で大成するというのか。

 

 このような非現実が受ける背景には、読者側の需要が大きく影響しているように思う。先述した自分との重ね合わせや、キャラクターへの萌えなどがそれであろう。しかしそれで読者を獲得することは、読者を釣っていることにはならないだろうか。ライトノベルの中で名作とされるものの中には、完成度ではなくこれらによって読者を増やしただけのものが数多く潜んでいるように思う。

 そもそも、ライトノベルに名作はあるのだろうか。もし上が正しいならば、単に読者数が多かっただけで、出来は必ずしもよくないものが名作と呼ばれていることになる。だが名作であるか否かは販売数ではなく出来栄えで判断されてしかるべきだ。この判断が困難であるために、我々はとりあえず売れた作品を名作としているが、需要のあるジャンルと萌え絵で客を釣ったライトノベルにおける名作は、これを大いに利用したまがい物ではないだろうか。もし名作があるとするならば、それはそのジャンルを開拓した先駆的な作品のみではなかろうか。

 

 これまで散々個人的なライトノベルへの反発を書きなぐってきたわけであるが、別にライトノベルが消えてなくなれとか、こんなものは規制されてしかるべきだとは言わない。ただ、ライトノベルが独自のジャンルとして存在・発展するのは構わないが、文学へ侵入してくるは違うと思っている。私としては、ライトノベルだけを読むのではなく、しっかりとした文章、しっかりとした物語も読んでほしい。こちらをメインにしろとは言わないが、ライトノベルだけを読んで読書をしている気にはならないでほしい。これだけは訴えておきたい。

 

 なお、こんだけいっておきながら、純文学とかは書いてない模様。強いて言うならエンターテイメント小説かな。まあ短編しか書いてないんだけどね。

 しかしまあなろうにはラノベしか受けないみたいな風潮どうにかならないものか。私の作品の数が稼げないじゃないか。