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俺がために筆を振る

現役おっさんくさい保守的な大学生の執筆する供給しかねえブログ不定期更新中

素面の告白

 ついこの間まで風邪ひいてて、今ものどの調子が悪いあそび人さんだよ。痰が凄いのどに絡むし、吐き出したらなんか黄色いんだよね。そして苦いんだよね。

 

 つい先日より、再びアルバイトを始めた。地元の塾で講師をすることになったが、早々に「悪い職場ではないがややブラック」である雰囲気を教室から感じ取っている。素直に事務職にするのが正解だったかもしれない。

 私がバイトをするのは、単純に金のためだけではない。非常勤講師という仕事であるから、経験を求めていると思われるかもしれないが、それはこのバイトに限定した話である。いかなるバイトを始めるときにも共通して持っている目的がある。体面だ。

 自分のありのままを曝け出すことを推奨しながら、こういったことをいうのは矛盾していると思われるかもしれない。しかし、矛盾せずに生きることなど可能だろうか。また、これに関しては、完全に矛盾しているとは言えないように思う。体面のために仕事をするということは、ようは見栄を張っているわけであるが、「見栄っ張りである」というのもまた、私の「まま」であるからだ。これを押し隠していたら矛盾の程度が幾分か上がるようにも思えるが、こうして言ってしまえば大した矛盾にはならない。

 さて、体面のために仕事をするとはどういうことか。人間の人間に対する評価基準には、往々にして世間をどれだけ知っているかが含まれているように思う。そしてその判断には、実際の知識・情報量よりも、年齢、職業、経験などが要素として用いられるように思う。学生にして仕事をし、その対価として給金をもっているというのは、社会に接する経験をもったということである。その経験を提示することで、他者は世間を知っていると「錯覚する」ことがあるのではなかろうか。

 アルバイトを「していること」がそこまで大きく意味を持たなかったとしても、おそらく、「していないこと」はそれなりに大きな意味を持つだろう。これには個々人の事情があり、また義務でもないのだからするかしないかは本人次第であると思うのだが、他人の事情などお構いなしに人を判断する人間は、どうもこのアルバイトを「していない状態」をあまり良くないものとして見ているように思う。時には、こういった状態にいる人間を軽んじている馬鹿者まで見かける。

 見栄っ張りである私は、人から侮られることを最大の侮辱の1つとすら考えている。相手の意識が変わるのが最も望ましい解決法であるが、それは望むだけ無駄であろう。であるから、結局私が変わるしかない。諸々の好条件で、自分を無理やり納得させて働いている風がないといえば、うそになる。それでも、侮辱を受けるよりはマシである。

 この記事がもし職場に見つかれば、首を切られてしまうかもしれない。ないとは思うが、その時は事務職にでも移るつもりである。いずれにせよ、これがわたしの「まま」である。

 

 本当はもっと掘り下げようと思ってたんだけど、やめよう、今はまだその時ではない。

 次回は・・・いつになるかわかんねえや。まあまた色恋関係になるとは思うけんど。