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俺がために筆を振る

現役おっさんくさい保守的な大学生の執筆する供給しかねえブログ不定期更新中

騎士道と騎士

 西洋史中で最も興味あるある出来ことはWW1なあそび人さんだよ。知り合いとは近世、近代の話ばかりしてるけど、西洋の中世史は結構好きだよ。いつかは騎士道物語とか書いてみたいね。

 

 西洋における中世は、昔はあまり良い印象を持たれていなかった。グレコ・ローマンの洗練された技術(物的な物のみならず、政治や哲学などの形を持たないものも)が失われ、封建制に基づいた国家支配が行われるようになった。その中でできた国家も、一時は権勢をふるえど次第に衰退し、封建制は中央の弱体化を進めた。王ではなく、有力諸侯が力を握り、改革が進まないことも多々あった(バロン戦争などの、逆の例もある)また、芸術などもキリスト教に支配され、抑圧されたことで、ルネサンス期までその発展はなかった。この時代をかつては「中世暗黒時代(The Dark Ages)」と呼んでいたものである。

 この時代を暗黒時代とする史観が正しいかどうかは、いくつかの理由により、今回は取り上げない。第1に、私が中世史にそこまで詳しくないこと、第2に、恐ろしく長くなるからである。今回は、西洋中世の魅力を、騎士道とそれを題材とした物語で語っていきたい。

 日本に武士道があったように、中世騎士たちにも騎士道という規範があった。これらの起源は、ゲルマン人などの掟に求めることができる。ローマ化されたガリア人や一部のゲルマン人と違い、大多数のゲルマン人ゲルマニア(大体現在のドイツ)の土地で厳しい暮らしを続けていた。この土地自体が、ただでさえ貧しい西ヨーロッパの中でも特に貧しかったという事情もあれば、ゲルマンの気風が己に厳しいことを課すようなものであったこともあり、彼らの社会規則は厳しいものとなり、また厳しい試練を乗り越えることを美徳とするようになった(30歳まで童貞であることが、今のように嘲笑の対象とならず、逆に尊敬の対象だったりした)。こうした気風は、ローマの衰退による蛮族台頭の時代、そしてそれに続くフランクの時代を経て、特権階級であり、選ばれた戦士でもある騎士たちの行動規範となっていった。

 騎士道は必ずしも騎士たちによって守られていたわけではない。多くの騎士道精神を持った騎士と同じほどに、それを踏みにじった騎士が存在していた。ゲーテの史劇「鉄の手のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」の主人公などは、その代表であろう。しかし、同時代より、所謂「騎士道物語」といった形で文学作品が生み出され、騎士の存在は理想化、英雄化されていた。代表的な作品として、「アーサー王伝説」や『ローランの歌』などが挙げられる。また、騎士の時代が終焉してからいくらか過ぎてからも、その存在は引き続き大衆の間では輝かしいものとされ、『アイヴァンホー』や、依然取り上げた『ナイジェル卿の冒険』などの作品が書かれていく。

 現在においても、高潔にして勇敢というイメージが騎士の存在を魅力的なものとしている。私はそれを、間違ったものというつもりはない。実際に高潔で勇敢な騎士は度々歴史上に登場し、何かしらの武勲をあげていたりする。有名処は、カスティーリャのエル・シッド(ロドリーゴ・ディアス・デ・バビール)や、イングランドのジャン・チャンドスなどであろう(獅子心王や黒太子なども有名ではあるが、騎士というと意見が分かれるので割愛)。彼らは理想的な騎士であり、多くの人々から尊敬されていた。

 ファンタジーなどを通して、日本人にもいくらか身近な存在となった騎士であるが、その実態は、結局のところ戦士の頭目であり、自身の領地経営に頭を悩ましもしている、中小企業の経営者だったりする。裕福な者は少数で、僅かな富も戦がはじまれば持っていかれる。それを補填するために、盗賊にも身をやつしたものもいた。しかし一方で、貧しくとも高潔な心を失わず、己を鍛え、戦場にて功を立てたものもそれなりにいたのも事実である。だからこそ騎士という存在は勇ましく、輝かしいものとして、今日の我々の目に映っているのかもしれない。

 

 くぅ~(ry まあ、中世って長いから、全体を通していえることってあんまないと思うんだけどね。かっこいいものに惹かれる男の性は普遍的ってことくらいかね。ちなみに、騎士の装備=板金鎧(プレートアーマー)みたいな風潮あるけど、実際は板金鎧なんて着てたの一部の金持ちだけだし、そもそも中期まではみんな鎖帷子だったんだよね。どんな鎖帷子か気になる人は、ホウバークとかで調べればいいと思うよ。それ自体は鎧の上に着る衣装だけど、サーコートとかで調べてもでるかもね。