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俺がために筆を振る

現役おっさんくさい保守的な大学生の執筆する供給しかねえブログ不定期更新中

ヤンデレとかいう至高の存在

 せっかく1限なくなって昼まで寝てられるようになったと思ったら、目が覚めちゃってあっぴょんぴょんなあそび人さんだよ。ついでにいうと、変な姿勢で寝てたらしく、腰がめちゃくちゃ痛いよ。別の原因(意味深)で痛くなりたかったね。

 

 数年1人身やってて、その上周りにカップルというやつが増えて参りますと、なんかまあ寂しくなってくるわけで。だってねえ、奥さん、信じられます?高校時代はあれですよ、彼女の持ちなんて周りにそんないなかったわけですよ。大学ってすごいんですよ、3歩歩けば彼女持ちに出くわすんですから。

 でもまあ、せっかく交際するのならばやはり長期で、ロマンチックな言い方をするのならば、「永遠」にお付き合いをしたいものである。「なんかよーわからんけど雰囲気が良かったら付き合って、飽きたからさいなら」なんて関係は、よそ様が構築する分にはどうでもいいが(場合によっては揶揄いの材料になってむしろ好ましい)、私自身は絶対にそんな付き合い方はしたくない。

 これはもう理論というか感覚だから、なぜそうなのかと言われても、

「・・・なんかいやじゃん?」

としか答えようがないのだが、なんとなくその関係の軽さが気に障るのだ。私が夢見がちなだけなのかもしれないが、愛という物はもっと重いものではないのだろうか。キリスト教的価値観に犯されているといわれればそれまでだが、先述した通り、感覚的にこういうもんだと信じてしまっているから、おそらく考えを改めることはないだろう。

 では、いかなる愛を私は求めているのか。これは読者の大半を占めるであろう友人諸君ならびに先輩方には何度も、何度もどころかしつこ過ぎて「もうおめえの趣味はわかったよ。いねえよそんなやつ」と思われてそうで怖いのだが、「ヤンデレ」なのだ。

 

ヤンデレとは、[キャラクター]の形容語の1つ。「病んでる」と「デレ」の合成語であり、広義には、精神的に病んだ状態にありつつ他のキャラクターに愛情を表現する様子を指す。その一方、狭義では好意を持ったキャラクター(「デレ」)が、その好意が強すぎるあまり、次第に精神的に病んだ状態になることを指す。ーWeblio辞書より

 

 すごくない?ねえ、すごくない?あんまりにも愛しすぎて精神を病むというのは相当なものである。すごくない?ねえ、すごくない?そこまで愛してくれるというのならば、心変わりというものも起きないと思うのだ。そうなればあとは自分の問題であり、それは案外どうとでもなってしまうものである。

 ただ、これは先輩だったか誰かに指摘されたように思うのだが、これは私を私を愛してくれている人ではなく、その愛されているという事実を大切にしていることでもあるのではなかろうか。私が求めているのは恋人ではなく、ある種の休憩所みたいなものではないのだろうか。

 

 

 

いやまあそうなんだけども。

 否定できないし、否定する気はない。事実、私が求めているのは、恋人という名の癒し効果抜群の香みたいなものである。だからといって、もし仮に奇跡が起きて私のことを愛してるとかいうゲテモノ好きが現れ、私に告白なんて軍服着てくるよりも恥捨てなきゃできないことをしてくれば、相手によっては快諾するし、その彼なり彼女なりをもちろん愛するだろう。ただ、それ以上に休憩所としての価値を重視するのもまた必定である。

 さて、ここ最近自分の株を落とすような記事ばかり書いていて、平成28年7月25日現在その最新となる記事を書き上げようとしているわけであるが、やっぱり自分をどんどん曝け出さないと面白い話はできないと思うんだよね。んなもんだから、もし、もし僕を好きだと、震えてるぞというのがいるんだったらね、試しに言ってごらん。僕が最下等に限りなく近い存在だから、よほどのもんか、性格や趣味的に合わないとかじゃない限りはおkされるよ!もしだめでも、自分を曝け出してゲテモノに告白したというネタになるよ!

 

待ってるよ!